隠しノート

僕は能力のあるゴミです

無駄な努力と趣味は明確に違う

そもそも努力とは何だろう。

辞書を引いてみると「《名・ス自》目標の実現のため、心身を労してつとめること。ほねをおること。」とあります。

 

続いて趣味とは何だろう。

「専門としてでなく、楽しみとして愛好する事柄。」

 

という感じで、たまに趣味でやってることを「無駄な努力」と呼ぶ人がいます。

 

なぜかというと、趣味とは目的もなく楽しんでやっているからはたから見ると「アイツ頑張ってるんだけど、なんか勿体無いんだよなぁ…」と思われるからです。

 

本人からすると別に頑張ってもいないし、無駄とか言われても…みたいな気分になります。

 

が、言い分はめちゃくちゃ理解できる。

 

例えば個人ブロガーとかやってると「有名になるために1000記事書く!」とか、ユーチューバーもとにかく数を出す!!!とか。

 

これは明らかに「無駄な努力」と呼ばれるものです。

理由は「有名になるため」という目標があり、それに対しての行動が合っていないからです。

つまり、余程何かがスパイクしない限りは有名になるのは無理なわけです。

 

そもそも有名になるというのは、戦略と行動が伴っていなければ無理です。

 

ただ、成果出なくてもいいし、成果出たらラッキーと考えながら緩く続ける人もいます。こんな感じでやってる人に「無駄な努力」の話を突きつけるのは可哀想なことです。

 

なぜなら、なんか成果になったら嬉しいけど、無理なのは理解してるから。諦めて適当な方向に逃げた。本気でやってたけどやっぱり無理だった。じゃあ趣味としてやろう。という考えに至る人もかなりいると思います。

 

それでいいわけです。趣味なんてのは。

 

そして、趣味と言い張りながら「実はここはこうして改善して…」みたいに楽しむのも趣味なわけです。

 

そんなふうに無理せずに改善しながら楽しんでる人の邪魔をしてはいけない。

 

確かに効率は悪いのだろうけど、趣味ですから。そして何もやってないやつには趣味ならではのテクニックとか理解できないだろう。

 

ただ一つだけ伝えたいことがある。

無駄な努力のことをちゃんと理解し、その上で趣味を楽しまなければ、誰かにそれ無駄じゃね?と言われて終わってしまうなんてこともあるだろう。

 

僕がなぜこんなことを書いてるのかというと、その趣味のように頑張っていたことを取り上げられると、「ああ、やっぱりアレやってる時が一番楽しかったな」という気持ちになったからだ。

 

そしてこんな記事に1000文字使ってるけど、これは努力ではないし、完全に好きだからやっていることだし、自分の頭の整理になるからだし、このブログを書いてることを「もっとアクセス稼げる方法あるんだけど…」と言われても、知らんがなとなるわけです。

 

目標を持って取り組むのは、仕事だけの人もいるわけです。というか目標なんて持たない人生だっていいと思うんだよ。

 

コミュニケーションで人を傷つけてしまうとか、そんな人は改善しないと今後辛いかもしれないが、そんな問題が無いのであればまったりと生きて好きなことだけやるでも全然良いと思う。

 

問題なのは今の社会はお金稼がないと、そんな悠長なこと言ってられないということだ。

 

だから、みんな時間を奪われて不幸を感じてるんじゃ無いかな。

 

ところで本当は努力したいのに、無駄な努力かどうかを知るにはゴールから考えて、必要なことをリストアップしていき、そのリストに沿った行動が出来ているかどうかが重要になる。

 

できればそのリストは自分より頭の良い人に見てもらった方がいい。客観的に見てそのフローが正しいかの判断は必要だからだ。

 

頭の良い人はそもそも一人で客観的に見られるし、必要であれば人を頼れるし、こんなモヤモヤ考えている間にさっさと目的を遂行している。

 

つまり、すごいヤツだ。そんな人を見つけて頼れれば自分のやっていることの事実に気が付いて、無駄な努力かどうかを判断することができる。

 

ちなみに最近はAIも優秀だから、ゴールからの手順を聞いてみるのもいいかもしれない。

 

無駄な努力なんてないという考え方もあると思うが、僕は無駄な努力はあると考えてる。

 

ラジオ体操を覚えるために必死でダンスの練習をする。

ゲーム上手くなりたいのに何も考えない。

モテたいのにウザい。

 

目的があるのであれば、せめて基礎に踏み込まないといけない。

 

ラジオ体操を覚えるためにラジオ体操のお手本を見る。

ゲーム上手くなりたいならゲーム上手い人にアドバイスしてもらう。

モテたいなら外見や内面を磨く。

 

このように適切な第一歩を踏んでこそ、それは努力というものだ。そして努力の方向性なんてのは先ほどのフローに乗ってるかどうかでしかないわけで、言われてみたら簡単なことだ。

 

努力が難しいのは課題が理解できなくなる中級者以降の話だ。僕らのような趣味人間にそこを理解する必要はない。

 

おしまい。

 

追記。

 

ブログ1000記事書く!ってのが無駄な努力と言ったのは今の検索エンジンの仕組みやGoogleについて勉強していなければ難しいからです。

 

1000記事そこそこの内容の記事を書いても有名にはなれません。というか、有名になる手法として検索エンジンからというのはやや難しいです。

 

それならSNSで炎上した方が楽です。

 

こんな感じで、基礎は踏み込んでるんだけど戦略が足りないなんてことは参入者が多い領域ではよくあります。だから人は本気でやってたのに趣味に降格するようにしたりするわけです。

 

ですが、趣味も本気も誇らしいものなので、降格なんて言葉は使いたくないです。(やってる本人からすると降格感はすごいあるから、あえて使った)